「どろろ」を巡る冒険或いは私的備忘録

「どろろ」の記事を掲載しています。ほぼ、それだけなので、「たわし」しかない雑貨屋状態です。挙句の果てに新アニメの記事は殆どありません。「たわし」といっても亀の子しか置いてないんです、すみません状態です。書いてる本人も如何なものか… と思ってるので、どうか御容赦下さい。

どろろのあゆみ【22】TEZUKAスポット

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 1990年代を経て、2000年代初頭は「手塚治虫ワールド・エンターテイメントスクエア」を始め、全国に8ケ所に手塚キャラクターのグッズショップがありました。また、宝塚市の手塚記念館以外に京都駅内に「KYOTO手塚治虫ワールド」があり、オリジナルアニメ作品を観ることができました。

 

 宝塚市手塚治虫記念館

 1994年5月オープン

 手塚先生が5歳から20年間を過ごした宝塚に設立。貴重な資料の展示の他、閲覧可能な図書コーナー、アニメコーナーも併設、手塚グッズや図書が購入できるショップ、喫茶コーナーもあり、手塚ワールドに浸ることが出来る施設。

 玄関正面には手塚スターたちの手形・足形があり「百鬼丸どろろ」の手形も、

 

 KYOTO手塚治虫ワールド

 2011年1月16日閉館

 京都駅ビル内にあり、手塚グッズショップのほかに、オリジナルアニメを上映するシアターとミニライブラリー・ギャラリーを併設。

 限定グッズが充実していて、駅ビル内とアクセスも良かったのですが、2011年に閉館となりました。

 

 手塚治虫ワールド・エンターテイメントスクエア

 東京オペラシティ地下1階、初台駅からのアクセスも良く、当時の手塚プロ直営店の中でも規模が最大で商品数も多くグッズが充実していました。2005年5月15日閉店。

  

 記念館以外の店舗は閉店してしまいましたが、2019年に「アトム堂本舗」が浅草にオープンし、豊島区南長崎に復元された「トキワ荘ミュージアム」とともに新たなファンの憩いの場となっているようです。

 

 アトム堂本舗 TEZUKA OSAMU SHOP&CAFE

 〒111-0032 東京都台東区浅草2-7-13 ℡:03-5246-4891

 2019年7月5日、浅草西参道商店街にオープン

 定休日:毎週木曜日

 1F:キャラクターグッズショップ

 2F:カフェ

 3F:多目的スペース

  ※2020年2月より一時休業中

 

 豊島区立トキワ荘マンガミュージアム

 〒171-0052 東京都豊島区南長崎3-9-22 ℡:03-6912-7706   

 2020年7月7日、南長崎花咲公園内に「トキワ荘」を模して復元された博物館

 定休日:毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)

 1階にはマンガラウンジがあり、トキワ荘所縁の作家の作品を閲覧できる。

 2階は、当時の漫画家の部屋、共同炊事場やトイレが再現され、写真撮影コーナー・体験スペースも有り、

 警視庁新宿署の記者クラブで保存されていた「トキワ荘の天井板」、ジオラマ作家・山本高樹氏制作のトキワ荘ジオラマが展示。

 

 また、旧アニメセンターオフィシャルショップが2017年4/5にリニューアルし、

「TOKYO・ATOM」がオープン、アニメ・キャラクターグッズが充実した店舗となっています。(通販も有り)

 定休日:毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)

 千代田区外神田4-14-1・秋葉原UDXビル ℡:03-5297-7470

 

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これは「手塚治虫マガジン」掲載のスポットガイド、

 

 

 ここからは、手塚先生逝去後、手塚プロダクションの市場展開を時系列で纏めたものになります。キャラクター商品・アニメ放送・リメイク・展覧会,etc.

…と、多岐に渡っているので漏れも有ると思いますが、生暖かい眼で御覧下さい。

 

 1989:「青いブリンク」NHKで放送開始

1989:「ジャングル大帝テレビ東京系で放送開始

1990:国立近代美術館で大規模な「手塚治虫展」開催

1990~1991「三つ目がとおるテレビ東京系で放送、全48話

1991:「手塚治虫劇場」手塚アニメ一挙上映、池袋で開催

1992:「手塚治虫のガラスの地球を救え」サンシャインシティで開催

1993:「私のアトム展」ラフォーレ原宿で開催

1993:OVAブラックジャック」発売

1994:「手塚治虫記念館」宝塚市にオープン

1995:「手塚治虫・過去と未来のイメージ展」開催

1996:映画「ブラックジャック」松竹系で公開

1996:公式HP「Tezuka Osamu World」開設

1997:“北京写楽スタジオ”開業

1997:「ジャングル大帝」松竹系公開

1998:手塚治虫生誕70周年・手塚プロダクション創立30周年、100年祭開催

1998:8月から9月下旬まで秋葉原に期間限定で「手塚治虫ワールドショップ」開催

1999:5月「手塚治虫ワールド・エンターテイメントスクエア」東京オペラシティにオープン

2000:「陽だまりの樹日本テレビ系放送

2001:「メトロポリス東宝洋画系で公開

2003:「ASTROBOY-鉄腕アトム-」フジテレビ系放送

2003:“手塚治虫ワールド”オープン予定も計画は中止に

2004:「火の鳥」NHK・BS-hiで放送開始

2004:「ブラックジャック日本テレビ系で放送開始

2005:「ブラックジャック-ふたりの黒い医者-」東宝洋画系で公開

2007:映画「どろろ東宝系で公開

2009:「ジャングル大帝-勇気が未来をかえる-」フジテレビ系放送

2009:フルCG映画「ATOM」角川映画系公開

2009:映画「MW(ムウ)」ギャガ・コミュニケーションズ系公開

2009:生誕80周年記念「手塚治虫展-未来へのメッセージ」江戸東京博物館で開催

2011:「手塚治虫ブッダ-赤い砂漠よ!美しく」第一部、東映系で公開

2014:「手塚治虫ブッダ-終わりなき旅」第二部、東映系で公開

2015:「ヤング・ブラックジャック」TBS系で放送開始

2017:「アトム ザ・ビギニング」NHK総合で放送開始

2019:「どろろTOKYO MXBS11で放送開始

2020:「ぱいどん」、「TEZUKA2020」第一弾として人工知能による手塚治虫の新作漫画創作プロジェクト

 

 一連の流れを見てみると、手塚作品の(OVA、劇場版も含めて)アニメ化・リメイク・キャラクターグッズの商品展開・展覧会等は1990年代後半から活発化しています。これは1993年に「わたしのアトム展」を手塚るみ子氏がプロデュースし、氏が積極的に手塚作品をプロデュースするようになった時期と重なります。

 氏は、2017年3月1日付のWANTEDLY・JOURNAL記事【新たな手塚治虫は二次創作から生まれる-後世に受け入れられるプロデュース術とは-】で、

「たとえば『わたしのアトム展』に参加してくれた漫画家の吉田戦車さん。当時スピリッツで人気に勢いのある作家だったのですが、『吉田戦車手塚治虫の作品をこんなにおもしろく描いているぞ』となって、彼のファンが結果的に手塚治虫にも興味を持ってくれました。」

「同様に、ミュージシャンの細野晴臣さんは手塚の大ファンなのですが、彼が手塚治虫からのインスピレーションで音楽を作ったとなると、その細野晴臣さんに関心のある人が、『細野晴臣のルーツには手塚治虫が欠かせない、じゃあ手塚治虫を読んでみよう』と思ってくれる。私たちは手塚と同時期に活躍した方々を手塚第一世代、手塚に影響を受けて活躍している方々を手塚第二世代と呼んでいるのですが、次の世代の方に関心を持ってもらうために、そういった人たちを立てていくということをしています。」

「その方の創作した “何か” によって、手塚に関心を持ってもらうという。アートにしても音楽にしても、今やっているいろいろなコラボレーションの企画は、基本的にそこから変わってないですね」

 と語っており、今後も手塚るみ子氏のプロデュースよる積極的な二次創作作家発掘・リメイクは継続しそうです。

 また、

 大阪観光大学観光学研究所年報『観光研究論集』第16号「コンテンツのテーマパーク化失敗要因 -手塚治虫ワールド計画から中止までの経緯-」によると、2000年代の手塚プロは大規模な手塚ショップ・フランチャイズ展開も視野に入れていた様子です。“手塚治虫ワールド・エンターテイメントスクエア”などの店舗展開はこの流れでしょうか、

“KYOTO手塚治虫ワールド”の終了等も景気の失速など「失われた20年」が主要因だと思いますが、この論文を読むと他にもいろいろ諸般の事情が有った様に思えますね。