其の二 「どろろ」編
① 日常の世界
もう一人の主人公「どろろ」は野盗「火袋」、その妻「お自夜」の子として、すくすく育ちます。しかし、彼女がまだ赤ん坊の時に、父の部下イタチの裏切りにより、火袋は野盗の頭の座を追われ、親子で放浪することになります。
どろろは、諸国をさまよううちに両親を失い浮浪児になりますが、たくましく生き伸び成長します。ここまでのバックストーリーが彼女の「日常の世界」です。
② 冒険への誘い
河原で他の河原者に制裁を受け、簀巻きにされかけていると橋を通りかかった「百鬼丸」に出会い助けられます。
この時、「百鬼丸」は橋の上「現世と異界の境界」に「どろろ」は文字通り「河原者」である彼女の属する「河原」に立っています。
彼女が「百鬼丸」と怪異に出会うことで「物語」は始まります。
このシーンで百鬼丸の役割は「どろろ」を物語にいざなう「使者」です。
また、出てくる死霊はゴミに乗り移って出現します、河原は「穢れ」を捨てる場所で、出現場所に合った妖怪でした。
☆「使者」は主人公が冒険へと誘われるステージで出現します。人・事件など「使者」はストーリーによって様々、「使者」がそのまま「賢者」になることもあります。
③ 冒険への拒絶
彼女はむしろ積極的に「百鬼丸」について行くので、
もう少し物語が進んで、無情岬での「おいら一生苦労するじゃんか」という葛藤がそれに該当します。
彼女の物語の外的な課題は「両親の願い」である「さむらいにしぼりとられた人みんなのため」に戦うことなので、このシーンが「冒険への拒絶」に成ります。
しかし、彼女の内的な課題は「両親の願い」を叶えることなのでしょうか?
これについては後述します。
④ 賢者との出会い
「百鬼丸」との出会いがこれになります。
「百鬼丸」は常に「どろろ」を気遣い、看病し、助言を与え、どろろに対して「賢者」の役割を果たしています。
また、百鬼丸は彼自身を「助手」として彼女に与えていると考えられます。
そして、ばんもんの巻のオープニングでは、どろろに「おまえはえらいよ」と肯定する言葉をかけ、鯖目の巻ではお小言をくらわし……
百鬼丸とともに自身の旅をはじめ「分離不安」の状態にある彼女の「移行対象」の役割も果たしているのかもしれません。
⑤ 第一関門突破
「ばんもん」で虐げられている町民の処刑を見て侍に飛び掛かかり、その後は「助六」と行動を共にします。ばんもんで分断された町の反対側に助六が帰る手助けをしますが、二人は捕らえられ、助六は処刑されます。
どろろは処刑される寸前で百鬼丸に助けられ、二人は落ち延びます。
この「ばんもん」で、どろろは「侍」と対峙し、もうひとりのどろろといっていい「戦火で親を失った子供」助六が死にます。
百鬼丸が家族と再会し、内的な課題と対峙している間、どろろも「侍と戦う」という課題と対峙し、関門を突破します。
⑥ 仲間・敵対者 / テスト
どろろから見ると、仲間は「百鬼丸」で、彼は「賢者・助手・移行対象」といくつかの役割を果たしています。
そして、どろろの外的な敵対者は百姓を虐げている侍、内的な敵対者は両親となります。どろろの外的な敵対者は「侍」で、それを打ち倒し「皆を率いて蜂起し百姓の国を作る」ことがこの作品と「どろろ」の外的な課題なのですが、その使命を果たす為には、どろろは両親の望む「強い男子」でいなくてはならないのです。
このことが彼女の成長 ( 女性性の獲得 ) を阻んでいます。
成長することが両親の期待に背くことになるからです。
彼女が強く自身が「女性」であることを否定するのもこのためです。
なので、彼女の内的な成長の獲得は百鬼丸より困難です。
⑦ 最も危険な場所への接近
父の残した埋蔵金を奪うために現れたイタチに攫われ、埋蔵金がある無情岬へ、
しらぬい・サメの妖怪である「二郎丸・三郎丸」と戦い、百鬼丸とともに退治します。そして、ここで彼女は父の残した埋蔵金が無かったことを知ります。
『どろろ』という物語は「どろろ」と「百鬼丸」、二人の主人公の「成長物語 ( ビルドゥングスロマン )」です。
『どろろ』と同じ時期にヒットした『巨人の星』という漫画があって、これも「成長物語」です。そして、一部、似たような構造を持っています。
どろろが背負ったものは単なる「宝の地図」ではありません。
『巨人の星』で星一徹が我が子、飛雄馬に背負わせたものと同じです。
『巨人の星』になることは、報われなかった父の夢を果たす為で「飛雄馬」本人の願いとは言い難いのではないでしょうか?
彼の人生に父が覆いかぶさっています。
なので、この成長物語の結末は悲惨なものにならざるおえません。
翻って、どろろの両親も、まだ幼い彼女に両親の願いである「百姓や虐げられた民が蜂起」するための「軍資金」の地図を文字通り「背負わせ」るのです。
そして、戦うために強い男の子を求めたから、なのでしょう。彼女は「男の子」として本来の性を封じられて育てられます。
どろろの両親は愛情ある親として描かれていますが、理想に生きるあまり過剰な期待を彼女に寄せており、彼女の成長 ( 女性性の獲得 ) を阻んでいます。
そして、どろろは「かあちゃん、どうしておいらのせなかなんかにかいたんだ、おいら一生苦労するじゃんか」と、苦悩するのです。
しかし、埋蔵金は無く、これにより彼女は内的な開放を得たと考えます。
また、「親の過剰な期待」は本人にとって意味は無かった。
と、捉えることもできそうです。
母親の言いつけを守り、かたくなに背中を見せなかった彼女が、このエピソードの後、「四化入道」では背中を隠すことなく水浴びをしている、これは前半の流れから見ると大きな変化です。
「どろろ」というキャラクターは「百鬼丸」が親に呪われ体を奪われ「成長を阻害」されているのと同じで、親の期待を背負わされ「女性性の獲得 ( 成長 ) を阻害」されているキャラクターです。
⑧ 最大の試練
百鬼丸とともに醍醐の砦に赴くが、突然別れを告げられる。
村人の一揆に参加、砦から侍を追い払い勝利する。
ここが劇中での最大の見せ場になり、彼女も両親の悲願を果たす、という見せ場になったのだと思いますが、連載打ち切りの為、この辺りの描写は希薄です。
しかし、以前は「浮浪児」「どろぼっ子」と村や町・河原者の共同体に受け入れられなかった彼女が「穴を掘り、穴から出る」という「通過儀礼」的な作業を通じて共同体に受け入れられています。
この後の門の前で行われる百鬼丸との別れは、どろろを民話「猿婿入の娘」と捉えると「猿婿」である百鬼丸はどろろが共同体に受け入れられたのち「移行対象」として、どろろのもとから消える、あるいは死亡することになります。
⑨ ⑧を受けて「どろろ」の報酬は、
百鬼丸から「女だ」と告げられる。
刀を渡される。
( 第一関門突破のばんもんで百鬼丸から約束された刀が最後の門の前で渡される )
浮浪児である彼女が共同体に受け入れられる、移行対象 ( 賢者あるいは猿婿 ) との別れ。
両親の背負わせた外的な課題を一応果たした。
( ゆえに、彼女の内的な本当の課題である成長は果たされない )
と、なります。
この後の「百鬼丸」との別れで彼女は門を出ることが出来ません。
片足だけ、門を出ていますが、追いかけていくことはしません。
背中に「背負うもの」が牽引して、彼女は完全に門を出る ( 再生 ) こと、百鬼丸を追うことが出来ずにいます。
村人の一揆への参加で、両親の望みは、一応果たされた形になります。
しかし、それは彼女の内的な課題ではなく、両親の課題です。
作中で彼女が自分自身の望みに気が付き、成長し、門をくぐることはありませんでした。
ただ、意外な形でこの課題は果たされているかもしれません。
意外な形での課題の成就は、「どろろ」編・蛇足に続きます。
上記の事から、もう一人の主人公「どろろ」のストーリーは、
「人生の節目」と「バディとの友情」が該当します。
どちらも百鬼丸にも当てはまります。
「人生の節目」で主人公が直面する辛く苦しい経験は、主人公の人生・運命で逃れようがありません。
人生は目に見えない、理解しがたい問題が降ってくる時があり、主人公はこれらの難題を潜り抜け、解決策を見出し、成長していきます。
流れとしては、難題が主人公に忍び寄り、徐々に顕在化。主人公はその正体に気が付き、受け入れることで最後に勝利を収めます。
どろろが百鬼丸と出会い、両親の残した課題に直面していく流れがそうです。
そして、もう一つは、
「バディとの友情」です。
最初、バディは反目していますが、旅をしていくうちに相手の存在が必要で、二人そろって初めて自分たちが完成すると気が付くストーリーです。
スナイダーは「バディとの友情」は、どちらかが変化を担当し、もう一方はそれを刺激する役どころが多く、この構造が実際はラブストーリーであり、男同士であれ、女同士であれ片方にスカートを履かせたもの、バディ物がヒットするのは「僕と親友」のストーリーには誰でも共感するからだと言っています。
百鬼丸にほのかな気持ちを抱く「どろろ」はこの構造に沿っています。
ここまで、お付き合いくださいまして、ありがとうございます。
次は、其の三「どろろ」編・蛇足に続きます。