『どろろ』を巡る冒険或いは私的備忘録

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ブラック・ジャック、ロボトミー抗議事件・④

封印作品の謎 -禁じられたオペ- 著者:安藤健二 】より、

 《 手塚プロダクション:松谷孝征社長、インタビュー 》

― 二作品が未収録となっている理由はなんでしょうか?

「生前、手塚治虫は単行本収録作品は自分で選んでいました。ですから、残った作品がなぜ収録されなかったのか、その理由ははっきりしません。アシスタントが『面白くない』と言ったことがきっかけになった場合もあるそうですが、何かしら本人にとって気になることがあったのかもしれません。でも、なぜかは定かではありません。中には、問題があって描き直して収録したものもあります」

― ロボトミーの件で抗議を受けたこととは関係ありませんか?

「『ある監督の記録』のロボトミー手術のことですね。たしかに省かれている作品に脳外科の関係がありますね。でも、そういうこともあるかもしれませんが、それは推測で、今となってはわかりません……」

― 手塚先生と、その辺の話をされたことは?

「残念ながらありません。担当者は若干あるようです。特に『ブラック・ジャック』は三〇年前の作品ですから、手塚が亡くなるまでの間に、何度も形を変えて単行本化されてますので、本人がそのつど選んでいました。私との間では、なぜ省かれたのかというやり取りはほとんどなかったですね。前述したように、周りの人が面白くないと言って躊躇したというのは実際あったようですが」

― 「ある監督の記録」については改作されたうえで掲載していますね。

「そうですね。当時、本人も完全にロボトミー手術を誤解していたと言っています。ですから、その部分を問題のないよう変更して描き直されています。描いているときに、もう少し時間があればきちんと調べて描くのでしょうが、いつものごとく、明日の朝一番で原稿を渡さなければいけないという状況でしたから。でもそれが後に、大変に大きな問題だと指摘され、ご迷惑をおかけするという結果になってしまったわけです。もっとも手塚の場合、改作はこの問題だけに限りませんが……」

― でも、封印されていた作品の一部は最近では文庫などに再収録されていますよね。

「僕個人としては反対しているんですよ。『何も手塚が省いたものを追加収録する必要はないんじゃないか?』って。だけど、頻繁に編集者や読者からの要望の声があったものですから、何度か打ち合わせをしました。そして一度見直してみようということになったんです。そこで、単行本化するとき、担当していた人たちに話を聞いて当時の情報を収集したり、作品をみんなで読み返し話し合い、そして判断したわけです。もし手塚が生きていれば、そのまま出したのではと思えるものを拾ったつもりです」

ー では「快楽の座」や「植物人間」といった現在残されているものは……。

「本人の意思表示があったかどうかわかりませんし、難しい判断ですが、僕の立場としては、先ほども申し上げたように、何も手塚が省いた作品をあえて入れる必要はないんじゃないかと思ってます。『ブラック・ジャック』に関していえば一話一話完結した物語形式ですから、そういった作品をわざわざ入れなくても、手塚治虫が『ブラック・ジャック』に託したメッセージ、訴えたいことは十分に伝わっていると思います。二百何十話もあるんですから……。あえて収録することはないんじゃないかと思っています。それに、もし本当に興味があって読みたいと思えば、読む機会はいくらでもありますし」

 

 《 手塚プロダクション:森晴路資料室長、インタビュー 》

― 現在は未収録となっている二つの話は、ロボトミーの描写で抗議を受けたことを考慮して、収録を見送っているんでしょうか?

「そうですね、ロボトミーの件を考えてです。抗議を受けたときに僕が手塚プロにいたわけではないので詳しい状況は知りませんが、現代の医学の基準の中での、脳手術の問題はよくわからない。それで、やめたほうがいいと判断しました。こちらも専門家じゃないので、どういうのが悪いのかがわからないんですよ」

― 今後、文庫などで復活する可能性はありますか?

「それもわからないですね。現在ではとりあえず収録は見送っていますが、収録される可能性がないわけではありません。今後、専門家に相談して再検討する可能性もあるとは思います」

― やはり手塚先生が亡くなっていて内容の修正が利かないというのも大きいですか?

「それは大きいですね。ただ、今は最終的に二つになりましたけども、もっとたくさん未収録の話が残っていたんです。『できるだけ、たくさん文庫にしたい』という出版社の意向を受けて、こちらで『問題がない』と判断した話については収録することにしました」

― BJの未収録作品について、手塚先生に収録しない理由を聞いたことはありましたか?

「それはまったくないです。どうして未収録なのかという理由は、一度も聞いたことがないです。ただ、( 第二〇九話の )『落下物』は、僕が手塚先生に『出来がよくないので、入れないほうがいいんじゃないですか』と言ったら、そうなりました。先生はたくさん書いて、その中からいいものを選んでいく感じでした。だから、将来はどうなったのかというのはわからないです。早くお亡くなりになったので、自分でももうちょっと長生きすると思っていたのではないでしょうか。これが未収録になるとか、後にそれで話題になるとは、本人も考えてなかったと思います」

 

 インタビューでも、はっきりとは言及されていませんが、

 やはり『植物人間』『快楽の座』の二作品が、現在もコミックス・文庫に収録されないのは、『ある監督の記録』への各団体からの抗議事件が影響しているようです。三十年以上前の抗議事件とはいえ、手塚先生の人気漫画『ブラック・ジャック』への抗議ということで、大手新聞で大きく報道され衆目を集めていた事もあり、手塚プロダクションをはじめ出版社など関係各社への影響が今日も続いている様子が伺えます。

 また、出版社・手塚プロダクション側が、手塚先生自身の御意志を尊重されていることも二作品の封印に大きな影響を及ぼしているようです。

 

 ⑤に続きます。