「どろろ」を巡る冒険或いは私的備忘録

「どろろ」の記事を掲載しています。ほぼ、それだけなので、「たわし」しかない雑貨屋状態です。挙句の果てに新アニメの記事は殆どありません。「たわし」といっても亀の子しか置いてないんです、すみません状態です。書いてる本人も如何なものか… と思ってるので、どうか御容赦下さい。

悪書追放運動 その7 【やけっぱちのマリア】

手塚治虫漫画全集『やけっぱちのマリア』 手塚治虫著 講談社 あとがき】

「やけっぱちのマリア」は、まあ、いわばキワモノです。ちょうど、この当時子どもの性教育の見なおしが叫ばれ、「アポロの歌」の解説でもかきましたが、少年誌に大胆な性描写やはだかが載りはじめた時代です。

 このあと、ぼくは「ママアちゃん」なるタイトルの性教育アニメを作り始めています(タイトルは、その後「ふしぎなメルモ」にかわりました)。ぼくたちが少年漫画のタブーとして、神経質に控えていた性描写が破られて、だれもかれも漫画にとりいれはじめたので、こんなばかばかしい話はない、こっちはかけなくて控えていたのじゃないか、かきたくてもかけない苦労なんか、おまえたちにわかるものかといったやけくそな気分で、この駄作をかきました。

 だから、「やけっぱち」というのは、なにをかくそう、このぼくの心情なのです。

 

 この時期『ハレンチ学園』と同様に、性描写の問題で有害図書に指定されたのが『週刊少年チャンピオン』連載の『やけっぱちのマリア』※である。また、『週刊少年キング』連載の『アポロの歌』も性描写が問題とされ神奈川県で有害指定を受けている。

※福岡県児童福祉審議会にて1970年8月27日に同書を有害図書に指定するよう答申、すぐに認定された。認定の理由は「まだ、刺激が強すぎ、青少年の健全な発育をそこなう」というもの。

 これに対して作者である手塚治虫氏は「こどもたちに、まんがを通し正しい性教育をする必要を感じて、たいへんまじめにとりくんだつもりです」(赤旗:1970年8月28日号)と、コメントしている。また、「考えてもみてください。いまの子どもは性そのものをよく知っているんです。二DKの団地などでは両親の性交をみてさえいる。私の子どもだって、小学三年生だが、“ゆうべはすごかったわねェ”なんて平気でいうんです」(週刊ポスト:1970年9月18日号)とも発言している。『週刊ポスト』の記事によると、これらの性教育マンガは、同年2月16日放送のNHK性教育 (「こんにちは奥さん」で放送)に直接影響を受けた作品であるという。

  1960年~1970年代は週刊少年マンガ誌が部数を伸ばし、新人作家が切磋琢磨して、マンガが発展していく過程で『ハレンチ漫画』以外にも、劇画、スポ根、社会派、など新しいジャンルが派生、戦後赤本マンガから始まったストーリーマンガは、表現・テーマ共に大きく変化していた。しかし、この時期、手塚治虫氏は「虫プロ」経営悪化の渦中にあり、それらが影響してスランプ状態にあった。氏は、悩みながら新しいマンガ表現を模索していたが、ヒット作には恵まれず、作家としての活動は低迷を続けていた。そして、1970年(昭和45年)に『やけっぱちのマリア』が福岡県で、『アポロの歌』が神奈川県で相次いで「有害図書」に指定され、その翌年の1971年(昭和46年)には「虫プロ」経営の悪化・経営方針の対立から、虫プロ社長の退陣を余儀なくされている。

  

 それまでの児童マンガでは性描写はタブー視されていたが、永井豪が『ハレンチ学園』でそのタブーを一気に破り、その後に『あらし三匹・池沢さとし』『モーレツ先生・牧村和美』など、新人作家のハレンチ・マンガが次々に少年誌を飾ることとなり、読者に熱烈な支持を受けたが、PTA・教育団体・マスコミのパッシングにあって、「有害図書」として指定され、糾弾・排斥される事態になった。(『ハレンチ学園有害図書指定前後の騒動については「悪書追放運動・その4」で述べた通り)

 その騒動の渦中にベテランであった「手塚治虫」が性教育マンガを発表。「こっちはかけなくて控えていたのじゃないか、かきたくてもかけない苦労なんか、おまえたちにわかるものかといったやけくそな気分で、この駄作をかきました」と、『手塚治虫漫画全集・やけっぱちのマリア』のあとがきには、当時の心情が吐露されているが、「子どもたちのために本物の性教育マンガを描いてみよう」という気概も十二分に有ったのではないだろうか? 氏は、1956年5月から『中学初級コース』に連載した『漫画生物学』の中で、生殖の仕組みを、卵子精子を擬人化した形で描いており、『やけっぱちのマリア』『アポロの歌』は、氏の性教育マンガへの再挑戦とも見て取れる。また、二作品とも性教育部分は、さすがに医学博士「手塚治虫」の面目躍如、今から見ると古い部分もあるが、現在も充分通用する優れた性教育マンガである。

  また、「僕らが愛した手塚治虫・2 二階堂黎人著 【手塚治虫性教育マンガ】」に、「この性教育論争を起こした一人が、手塚治虫だった。氏は例によって、永井豪の人気やハレンチ・マンガのヒットに対して敏感に嫉妬したのだった。そして ―自分だってハレンチ・マンガや女性のヌードぐらい描ける、いいや、それどころか、マンガにキス・シーンなどの性描写を持ち込んだのは自分が最初だった。しかし、児童マンガの枠組みを尊重し、過剰な描写は自己規制してきた。今の自分だったら、永井豪のハレンチ・マンガを超える作品を描くことができるー そう考えたようだった」

と、二階堂氏は「手塚治虫の嫉妬」を創作の動機として挙げているが、

「虫ん坊:手塚マンガあの日あの時 -第11回・ハレンチマンガ旋風の中で- 【手塚治虫の「やけっぱち」の真意とは!】」で、手塚プロダクション・チーフアシスタントの福元一義氏が、「手塚先生は、自分が先頭に立って批判を受け、それに反論することで、マンガを守ろうとしたんじゃないでしょうか。自分が批判されるためには、まず批判される作品がなければならない。それであえてあのような作品を描いたのだと、私は思います」と、語っており、単なる新ジャンルへの挑戦、ヒット作への嫉妬だけではない「何か」、思春期の読者に向けた、手塚氏ならではの粋なメッセージが有る、と私もそう思う。

 

 

『やけっぱちのマリア』は、少年マンガにダッチワイフが出てきたり、当時の少年マンガ事情から考えると物議をかもす内容だったのですが、どこか「カラッと」明るいラブコメで、マリアちゃんも可愛くて名作ですよね。いろいろ大変でスランプだった時期に、新しいジャンルで、この様な隠れた名作を生み出すことが出来たのも先生ならでは、と思います。

 それと「女ドラえもん」は、この作品が嚆矢なのでは? と思っているのですが、 …これ以前に、いま一つさえない男子のところに美少女(しかも人外)が、と言う作品は有ったのだろうか?

 それにしても先生、性癖関連で描いて無いものは無いんじゃ…と、思ってたら、老人性愛は無いようです、どなたかチャレンジしてみては、